人生を逆転する名言集

【概要】

  • 著者:福本 伸行(著) 橋富 政彦(編著)
  • 発売日:2009年10月
  • ページ数:227ページ

本の目次

第1章 覚醒-"真実"に気付くために
第2章 咆哮-社会の裏側から放つ黒い咆哮を聞け
第3章 迷妄-悪意と敗北の渦巻く妄言
第4章 極意-歴戦の勝負師たちに学べ
第5章 不屈-何度でも立ち上がれ
第6章 矜持-決して捨ててはならないもの
第7章 直言-福本伸行本人の言葉

【結論(1番の訴求ポイント)】

福本マンガ名言集

福本漫画と言えばカイジや赤木しげるなどのキャラクタあーが有名である。

カイジは映画化もされているので、知っている人も多いかもしれない。

「悪魔的に美味い!」

なんとなく聞いた事もある人もいるかもしれないが、これは実際にカイジの漫画の中に出てくる台詞である。

これらのキャラがギャンブルを通して人生の教訓、名言などが随所に散りばめられている。

中には日頃の生活中にも使えるなものもあるかもしれない。

たかがギャンブル漫画と侮るなかれ。なかなか含蓄に富むものもあったりする。

今回はその中で個人的に刺さった名言をピックアップしていく。

なお本書は他に2、実用版総集編がある。パラパラとめくってみて気になったものを読んでみるといいだろう。

【赤木しげるの言葉】

三流の人生でも熱ければ上等

言わずとしれた赤木しげる。鷲巣麻雀が有名で、この対決だけで何十年も続いた事でも有名。

そんな赤木が最後、アルツハイマー病にかかってしまい、自ら人生の幕を下ろそうという時に仲間からの説得の時に出てきた言葉。

人生とは不思議なもので、100人いれば100通りの人生があるが、客観的に見ると羨ましい人生というのは確かにある。親が金持ちだったり権力者の場合がそうだろう。

そんな人から見れば、普通の生活など三流以下に見えるかもしれない。

だが人生の意味なんてものは、そんな事では決まらないという赤木からのメッセージだ。

ボーっと過ごす1時間でも、何かに熱中している1時間でも、時間という概念では一緒だ。しかし人は何かに一生懸命になっている人に惹かれる。一生懸命になっているという事は、今を生きているとも言える。

同じ1時間でも中身が違うのだ。

「例え3流の人生でも熱ければそれでいいじゃないか、冷めてるヤツよりはよっぽど生きてるぜ。」

赤木は今を生きろという事を、このメッセージに込めているのではないかと思う。

人はどんな道を選んでも後悔はするし、いつかは死ぬ。死ぬ直前に振り返って、「まぁ悪くない人生だったな」、「色々あったけど面白い人生だったな」と思えるかどうか。

メジャーリーガーのダルビッシュが同じような事を言っていた。

将来ホームレスになってしまった時に、神様が現れて、「20歳の頃に戻してやる。その代わり、できること全部やらへんかったら、またここに戻すで?」って言われたら、誰でも絶対戻ってやる事やるでしょう?って。

「今の自分は、20年後の自分が戻りたい自分なんです。だか死ぬ気で努力するんです。」

言い方は違えど、本質は同じ事を言っているようにしか聞こえない。

無念が人生の輝きを際立たせる

これも赤木しげるの言葉だ。

人生は上手くいかない事の方が多い。それは誰しも感じている事だろう。

スポーツで死ぬほど打ち込んだのにプロになれなかった。交通事故にあった。離婚した。病気した。給料が上がらない、クビになった。さぞかし悔しいだろうし、無念でもあるだろう。

こんな事はネットを開けば、いくらでも出てくる。それだけ世の中には思い通りにならない事が多いという事だ。

しかし赤木は言う。

これらがあるから人は希望を抱き、努力し向上しようとする。そして数少ないが確かに存在する人生の輝きの瞬間が際立つ。と。

人生は山あり谷ありだ。谷があるから山もある。山があるから谷もある。

確かに谷の時は辛い。人生を投げ出したくなる時もあるかもしれない。でもそんな時があるからこそ輝く瞬間もある事を忘れてはならない。

無念と言うハードルを越える。越えようとする。99回は失敗に終わるかもしれない。

でもその99回の失敗があるからラスト1回で成功した時に輝けるのだ。

無念というのは、一般的にはネガティブなイメージの言葉だ。ただこれがあるからこそ、輝ける瞬間もある。

そう思うと、無念という言葉のイメージも少しは変わるかもしれない。

責任を取るというのは失敗から学ぶ事

これも赤木しげるの言葉である。

「責任を取って辞めます。」

よく聞くフレーズだ。

企業が何か不祥事を起こした時に引責辞任という形を取る事がある。

実際は辞任の前に原因究明、再発防止策を策定しているのだが、これがパフォーマンス的な意味で広まってしまい責任を取る=辞めるというイメージが付いてしまった。

実際は辞めるだけでは責任を取る事にはならない。言ってみれば逃げる事と同じだ。

責任を取るというのは、なぜ起きたのか、その背景にはどんなファクターがあったのか、それは外部要因なのか内部要因からくるものなのか等を考え、それに対して防止策を考える。この案を実際にやってみて有効性があるかどうかを確認する。効果が期待通りじゃなかったら改善を加える。

このような地道な事を繰り返して、決して同じ事を繰り返さないのが責任を取るという事だ。

失敗を失敗で終わらせない。原因を明らかにして、再発防止する。限りなくゼロに近づけるために地道な努力をする。そうすれば失敗が経験に変わる。

失敗を経験に昇華して初めて責任を取ったといえる。

良く考えて欲しい。

責任を取って辞めますと言えるのは、少なくともそれなりの役職にある人だけだ。

ヒラが責任を取ろうにも、そもそも取れないのだ。

責任を取るという事に対して、意味をはき違えないようにしたいものである。

【補足】

麻雀は人生と似ている

麻雀という遊びをやった事があるだろうか?

麻雀は、3人ないし4人でやる遊びで点数の増減を競うゲームで、流れはこうだ。

最初に13枚ほど牌というものが手元に配られる。ここから1枚ずつ牌を加えて、そしていらない牌を捨てる。これを繰り返し計14枚の絵柄がどう揃うかのスピードを競っていく。

牌には予めいくつかの絵柄が記載してあって、この揃え方で点数の高低が決まっている。当然難しいほど点数が高いのだが、モタモタしていると他の人が安い手(揃えやすいもの)でアガってしまう。

最終的に点数を多く持っていた方が勝ちなので、スピード重視でアガっていくのも一つの手である。

これは運要素だけじゃなく駆け引きも試されるゲームで、以外と経験者は多い。

昔(それこそ昭和の時代)は、親戚一同が集まった時にやるものだったとも聞いている。

ちなみに、最初のに配られる13枚と都度加える1枚は完全にランダムだ。かなり運の要素が強い。

だが、これが人生によく似ている。

最初に13枚が配られた時は、生まれた時だ。

この時点で強い絵柄が揃っている人もいれば、全く揃っていない人もいる。揃っている人は、いわゆる親ガチャが成功した人だろう。

だが、ここからどう育てていくは自分次第だ。

引いてくる牌と手持ちの牌をどう生かしていくか。育て方次第で、大物手になる事もあればクズ手になってしまう事もある。極端な事を言えば、最初の13枚は13巡後には全く別の手になっている事だってあり得る。

麻雀でいう13巡後は成人するかどうかくらいだろう。つまり生まれた時はクズ手でも、その後の20年でいくらでも逆転は出来るのだ。

見るにも絶えなかった牌が、最終的には役満(最高難易度)で上がったりする。

まさに一発逆転だ。

重要なのは、生まれた境遇を嘆くのではなく、これからどう生きていくかだ。

どう持ち手を生かしていくかだ。

これを頭の中に入れておきたいものである。

created by Rinker
¥921 (2026/4/14 11:27:25時点 楽天市場調べ-詳細)

PickUp

1

もくじ1 日本とアメリカの放射線科医数2 日本と世界の検査機器保持数3 読影医不足問題4 放射線技師 ...

2

もくじ1 基本的な読影の流れ2 頭部読影の流れ3 胸部読影の流れ4 腹部読影の流れ5 自分なりの読影 ...

3

精神と時と読影の部屋 ここに迷い込んだからには、読影が出来るようになってから帰ってもらうで! まずは ...