優しさは時に優しくない

優しさの勘違い

部下に対して優しすぎてませんか?

医療業界では働くにあたって国家資格が必要になる事が多く、試験実施が2月、結果発表が3月なので新卒は4月にならないと本格的に働く事が出来ません。こういったの背景もあって4月になると新入社員が多く入社してきます。

そして育成係として2年目の若手が担当する事が多いと思います。せっかく入社してくれた新人、途中で辞められても困るので丁寧に育成しますよね?これ自体は間違いではありません。でも、その時に良く使われる言葉で「無理はしないでね」というものがあります。

一見、この言葉は優しいように見えますが、実は使い方によっては相手にとって厳しい言葉になっているという事を記載していこうと思います。

理想の育成

一定の研修期間が経過すると、仕事に必要な能力を持った若手が現場に出てくる。どの若手も一定のレベルは担保されていて、バラツキが少ない。中にはエース級といわれる人もいて、問題発見能力、解決能力も持っている事がある。

こんな若手が育成出来るようになったら最高ですよね。上司としては適切なレベルの課題を与えるだけで、後は若手が勝手に成長してくれます。でも実際はそんなケースはほとんどありません。当然ですが、個々で能力値は違います。しかし育成の方法をを少し見直す事で改善するかもしれないのです。

若さというのは最強の転職カード

スキルは見て盗め、技術は体で覚えろ。このような体育会系のようなスパルタで育成が成立していたのは昔の話。今の時代、昭和の価値観で育成しようものならすぐに退職届を持ってきます。

今やどの業界でも慢性的な人手不足になっているのもあり、転職するのも以前と比較すると簡単になりました。特に若いというのは最強のカードなのでどの企業でも引く手あまたです。そして企業側は新入社員が退職してしまうと人手不足になるので、出来るだけ在籍してもらえるような制度を構築している所が多いです。しかしそれらが実際に有効に活用されているかというと、必ずしもそうではないように見えます。

若手が求めているもの

ここにエン・ジャパン株式会社が出している上司に期待している事ランキングがあります。

部下が上司に期待している事ランキング
調査方法:インターネット
調査対象:エン転職を利用するユーザー
調査期間:2023年4月26日~5月28日
有効回答数:8,638名

【全体】

  • 1位:公正・公平に評価してもらえる(63%)
  • 2位:自分の意見や考えに耳を傾けてもらえる(61%)
  • 3位:的確な判断をしてもらえる(55%)

【20代】

  • 1位:自分の意見や考えに耳を傾けてもらえる(65%)
  • 2位:具体的なアドバイスがもらえる(57%)
  • 3位:公正・公平に評価してもらえる(56%)

興味深いのが、全体のランキングと若手のランキングでは項目が違うという事です。若手という事もあり、まだ仕事も十分に覚えていない事もあり、2位に具体的なアドバイスがもらえるがランクインしていますね。つまり若手は自分が成長出来るような点も上司に求めているということです。

今と昔の教育における価値観の違い

時代が違えば価値観も違う

今の30歳前後はまだ学生時代に体育会系的な指導をギリギリ受けてきた世代です。先輩が黒と言えば、白でも黒と言うしかなかった時代です。

しかし20代の新卒はその時代を知りません。施設によっては30代前半の人が新入社員を育成しているという所もあると思いますが、これらの問題点は、教える側と教わる側の価値観が違うという点と、昔の価値観が不変のものとして考えてしまっている事なのです。

若手との価値観の違い

今の若手はゆとり世代、さとり世代、Z世代と言われる人達で、この世代に共通するのが、物が溢れている時代を生きてきたという事です。生まれた時から多くの物に囲まれているので物欲があまり強くありません。どちらかというと体験の方に価値を感じています。そのため就職しても自分の価値観に合わない場合はすぐ転職していきます。

一方で40代以降は就職氷河期世代の人達です。数十社落ちるのは当たり前で就職するのにも一苦労でした。2023年現在では考えられないかもしれませんが、国立大卒の学生が就職先が無くコンビニで時給900円でバイトをしていた時代なのです。このように就職するのに苦労した分、例え仕事がきつくても転職するという考えはあまりありません。これが今の若い子達の価値観と合わない点なのです。

このような価値観の違いのために若手がすぐに退職するという事が頻発しました。

その結果、教える側が自分がしてきた(されてきた)事を反面教師として必要以上に若手に対して気を遣いすぎるという事態が見られるようになってきたのです。これはこれで良いことではあるのですがデメリットもあります。優しくする事で、逆に成長の機会を奪ってしまっているケースもあるのです。

間違った優しさの弊害

本当に必要な優しさ

若手を育成する時に良く聞く「無理はしないで」という言葉。この言葉には2通りの使われ方があると思っています。

1つめは、本当に頑張っていて若手本人も限界に近いくらい努力している場合。この場合はその言葉の通りです。無理をさせたらダメです。休ませましょう。ブレーキをかけないと身体やメンタルに支障が出てきます。症状が出るようになってからでは遅いので、上司や先輩が個々様子を見て業務量をコントロールしなければなりません。この場合に使う「無理はしないように」は本来の使い方です。

間違った優しさ

2つめの使われ方、これは先輩や上司が若手のキャパシティを見誤って使っている場合です。10人の若手がいれば10通りの業務キャパシティや基礎能力があります。一つの業務に対して、ある人は80くらいの難易度だと感じているが、ある人は30程度だったりする。この時上司側の絶対的基準で判断してしまうと片方は簡単で片方には難しいという事が起きます。

業務難易度の相対評価は簡単に判断できる事ではありません。普段からのコミュニケーションが必要なのですが、ここの判断を誤り、かつ「無理はしないように」と声をかけられる事で、本人には簡単だと思っているのに先輩からブレーキが掛かってしまう状況になってしまうのです。

このミスマッチは若手や上司、そして会社にとっても非効率な結果になります。間違った優しさで、1年後には100まで成長出来ていた可能性がある若手が、実際は50という事もあり得ます。優しさのつもりでの「無理はしないで」が、実は若手の成長といった面から見ると優しくない事になっているのです。

間違った優しさが生まれる原因

育成側からのコミュニケーション不足

次にこのような問題が起こる原因について見ていきましょう。

基本的にこの問題は育成する側から若手へのコミュニケーション不足です。ではなぜコミュニケーション不足が起きるのでしょうか?

第1に業務過多があります。今やどこの施設でも人材不足です。まずは目の前の仕事をこなさなければなりません。こちらの方に注力する事でコミュニケーションまで手が回らないのです。中にはコミュニケーションどころではなく、育成にまで手が回らない施設もあるかもしれません。その施設では育成は片手間という立ち位置になり、優先度が低くなってしまうのです。

2つめに育成する側の経験不足があります。大抵は数年先輩が育成を担当する事が多いと思います。そしてこの先輩は育成について十分な研修を受けずに実施している事がほとんどです。育成で必要なのは、「自分の見ている景色と相手の見えている景色は違う」というのを知っておく事です。
元々の能力値も違えば、育ってきた環境うのと成長スピードも違います。ここが分かっていないために、自分基準で仕事の難易度を考えてしまい、勝手に今はまだ難しいだろうと判断してしまうのです。例えそれが部下にとって適切なレベルの課題であってでもです。

  • 育成担当の業務過多
  • 育成担当の経験不足

これらが間違った優しさが生まれる原因なのです。

間違った優しさを正すために

コミュニケーション能力の大切さ

ではその間違った優しさを生まないためにはどうすればいいのか。この原因は上記で述べた通りコミュニケーションの不足です。ではどうやってコミュニケーションを増やすのか、またコミュニケーション内容はどんな事を話したらいいのでしょうか?

育成と一言で言っても双方のコミュニケーションがベースになり、特に上司(育成側)のコミュニーケーション能力は必要です。相手の会話の意図が分かる、非言語情報を読み取る(雰囲気や空気が読める)、このような能力は必須です。これがないと相手の正確なキャパシティの把握が出来ません。口では分かりましたと言っていても、実際の雰囲気では分かっていないのが出ている。こんなサインを見逃さないようにするのがギャップを生まないポイントなのです。

あなたが育成担当を任命する立場の人なら、この能力が高い人を任命しましょう。この能力は子供の頃の環境による部分が大きいので、後天的に身に付けるのは難しいものでもあります。

教える時のポイント

また教える時のポイントもあります。具体的には以下の通りです。

  • 教える範囲を明確にする
  • どこまで教わっているかを把握してからレクチャーに入る
  • 例え話を使ってストーリーで伝える事が出来る

最低でもこれら3つは明確にして指導に入りましょう。それだけで部下の理解度が全然違ってきます。特にストーリーで語れる人は強いです。例え話は相手にとって一気に身近に感じられる方法だからです。身近に感じれれば、その分だけ自分事として考えてくれるようになります。これを上手く使えるかどうかが教え方の上手い人かどうかの違いと言っても過言ではありません。

これらのポイントを踏まえて課題を実践してもらう。コミュニケーションを取りながら、その過程や結果から適性なレベルを判断する。この流れになります。このあたりはコンフォートゾーン、ラーニングゾーン、パニックゾーンの3つとしてこちらの「今現在の部下レベル」という項目で解説しています。参考までに読んでみて下さい。ラーニングゾーンはストレッチゴールとも言ったりします。

今の育成担当者は基本的にその企業の育成方法で育ってきています。という事は研修や自己研鑽をしていない限り自分が受けた方法で若手を育成する事になります。これは多くの企業で見られる点なので、是非注意して欲しい所ですね。

まとめ

優しさを履き違えないために

育成は会社の今後数十年を左右する重要な事です。若手が育つ事で会社も成長していきます。なので間違えた優しさで若手のポテンシャルが発揮できないのはもったいない事です。

  • 育成する側の育成、特に非言語情報を読み取る力がある人を担当にする
  • 普段からコミュニケーションを取り若手の能力やレベルを適切に判断する
  • 教える時は、範囲、どこまで分かっているか、例え話の3つを確認しながら実施する

上記の事をやれば、少なくとも大失敗する事はありません。

ただ、育成は中堅(若手)が兼務している事も多く、彼ら彼女らは中核の人達です。そのためどうしても十分な時間が取れないかもしれません。そんな時は、若手からの報告で対応出来ないかどうかを考えてみましょう。

どこの組織にも日報という制度があると思います。この精度を利用してみる。その日報の記載内容を再考し、本当に先輩や上司が知りたい内容が記載されるようにしたりして、必要な情報が毎日上がってくるようにしてみましょう。その上がってきた情報を元にコミュニケーションを取り、適切な業務レベルを判断していく。決してなんとなくの自分の判断で決めない事が重要です。

最初こそ大変ですが、この流れが仕組み化できると育成するのが楽しくなってきます。なぜなら若手がドンドン成長してくれるからです。育成担当者の役目は、いかに自分より優秀な人を育成出来るかだと思っています。是非、若手が自分を追い越していく感覚を味わってみて下さい。意外と悪くないもんです。